
1-2歳の頃から「なんとなく周りの子と違うな」と思い始めました。
でもこれって素敵な感性じゃん!と思い続けて12年強。心身ともに成長して今や息子は中学生。この現在等身大中学生の息子の繊細さがどうなったかの覚え書きをしてみます。
「ふるさと」などの歌に号泣
私が鼻歌で歌った「ふるさと」の意味を知り夕焼けのホームで号泣したのは保育園の頃。あれから様々な歌詞、メロディに心を揺さぶられていました。「大きな古時計」「翼をください」「今日の日はさようなら」なんて、一瞬でも耳に入ったら涙ポロポロ。本当に打ちひしがれたように嗚咽を漏らしていましたね。見ている私も苦しくなるほどに。
今でもたぶん苦手だと思います。ふと涙を流すこともあるかもしれません。でも着実に成長と経験を積み重ねて、心が何重ものオブラートで包まれてきたみたいに、一瞬で打ちひしがれることはなくなってきました。強くなったなあ。
手でつかみたくない
保育園では糊や絵の具を手で触ることが大の苦手でした。感触遊びなんて苦行だったみたい。潔癖症ってわけじゃないんですよ。砂遊びとか大好きでしたし(手荒れが酷かったからこれこそ控えめにしてほしかったのに笑)つい手づかみで食べちゃうのもよくあったし。いや、今でもか?
今は感触遊びもないから現在はどうなのかわからないけれど…。たぶん感触が苦手ってのもあるけれど、手に異物(本来手に付かなくて良いもの)がつくのを見るのが違和感あってイヤだったんじゃないかと思います。
理解不能な映像が苦手
事故や災害の映像、元の形が不自然に壊されてしまったものに吐き気をもよおすほど恐怖を感じていました。本当に、ほんのわずかな傾きで脱線している電車の映像にも震え上がっていた。違和感なのですかね。今でもきっとそういった面はあると思います。
アニメで例えると
苦手映像。アニメで例えると「エヴァンゲリオンの3号機(手が生えたやつ)」「量産型5-13号機(あのシロイルカみたいなやつ)」が発作が起きるほどに恐怖で、これは今でも変わらず絶叫すると思います。相当苦手ですね。なんとなくわかる気もしますが…。気になる方がぜひ検索してみてください。
ちなみに私がひとりで見た「チェンソーマン」。息子に「たぶん苦手なやつじゃん?」と言ったら「!!知ってる!絶対怖い、見れない!」と真顔で引いてました(笑)
でもホラー好き
そんな感じで映像に恐怖を感じるのに、怖がりってわけじゃないのがまた不思議。YouTubeでホラーやオカルト的な動画をひとりでドキドキワクワクしながら見ています。私、そっちの方が数倍怖いけどな。謎だ。
割れたものが怖い、ドングリが怖い
壊れた陶器、ガラス、そして公園に落ちているドングリなど、色々なものに違和感、恐怖を感じていたあの頃。いやいや~外出も私の数倍の感受性で様々な違和感を拾い上げて感情の起伏も激しく相当本人も疲れていただろうなあ(笑)でも、外出することは大好きだった。
もちろん、中学生の今でもお出かけ大好きですね!怖いものは怖いけど(この前ドングリ見て後ずさっていた笑)。
相手を見すぎる、失敗を恐れる
今相手が何を思っているか、今こうしたら相手が怒らないか、邪魔にならないか。以前はこれで相手を見すぎて自分を出すことを躊躇したりしていました。保育園でも様子をうかがう時間がとても多かった。
そして今、中学生。基本これは変わっていないと思います。でも、相手を見つつも、自分のやるべきことをやるために、多少の摩擦は恐れないようになって来ましたね。まだまだ消極性はあるけれど、それ以上に図太い面も出てきた。相手を見つつ動けることはこの先も大切になってくるはずだ!
そして失敗を恐れること。これはまだ結構残っています。まあ誰だって失敗はしたくないもんだしね。ただ、出来ないことを隠したり諦めたりせず「今出来なくてもいいんだ、着実に積み重ねて行けば出来ることも沢山ある!」ってことを今までの経験で学んできた成果は大きいと思います。面倒くさがりだけど、努力家でもある。私はそれを応援している!
朝の登校で涙を流す
小学校1年生から4年生まで、毎朝私と一緒に登校していました。学校が嫌なわけではないんです。何なら楽しいくらいだと言っている。でも、朝だけはドキドキで涙が溢れる。不思議でしたが、今なら気持ちは良くわかる。
これも、学校の先生や主事さん、シルバーさん、お友達、保護者のみなさん、本当にみんな特別視することなく温かく普通に見守っていてくれたから、ついに自分ひとりで登校できる日(徒歩2分ですが)を迎えられたんだと思います。感謝感謝!
そして中学生になると学校が徒歩15分と遠くなる。初めての環境、果たして通えるのかしら?なんてほんのわずかながら心配はしていたけれど。ま、全く問題ありませんでしたね!何なら小学校時代とは違う長い通学路を120%満喫している感じ。本当にたくましい限りです。ありがたや。
結局HSCって?
すごく久々に「HSC」って言葉を思いついた。このブログのサブタイトルに「敏感・繊細な子から学ぶたくさんのコト」ってあるんだけどね(笑)
本当に息子の感性というか気質には「敏感、繊細」な面が顕著に見られる。13年間毎日近くで見て来て、これは間違いないと思いますよ。
ただそれを何て呼ぶかは私には問題じゃない。「HSC」って言葉がなくても全然構いません。だからあえて人に「息子はHSCなんです」なんて言ったことはない。
結局「HSC」って言うのは病名じゃないし、たぶんただの概念。「5人に1人はいる」と言われているんだから、珍しいものでもない。
私的には「高所恐怖症」とかと同じような個人差のある「感覚的なもの」なんじゃないかなって思ってます。外見ではわからないけれど、人とは違う感性、物事の捉え方の違いみたいな。とにかく大げさに騒ぎ立てるようなものではないと感じています。
同じような子のいるパパママへ
ただですね、本当に周りとは何か違うなって思う面は多々あって、育児の中で歩みを止めてじっくり観察する機会が多かったのは事実。
そして、今まさにそういった気質の子を育てていて、なんだかわからいけれど、何だろうこれ、って違和感を覚えるパパママがいるんじゃないかなって思うんです。
この裏に隠れている医学的なものに関しては私には全くわからないので断言はしませんが、もしこれと言った健康的問題もなく、ただ私と同じような違和感だけなのであれば…。この感性を大いに認めて受け入れてあげてほしいなって思います。
絵の具がさわれない、ドングリの道が歩けない、滑り台の階段が登れない、割れた卵の殻に絶叫する、保育園の水遊びが怖くて参加できない、節分の鬼が怖くて吐く、感傷的な歌は耳をふさいで涙を流す、朝の登校がドキドキして涙が出る…
書き出すときりがなく、とめどなく出てきますね(笑)
しかしこれらの感情を、親はもちろん、園や学校の先生、友達、周りの大人たちにも否定されず温かく見守られて来た息子は、長い長い時間をかけてでも忘れず、自分のペースで乗り越えてきました。それが中学生の息子の根底にしっかり根付いていることは間違いありません。
結論。
「敏感で繊細な感性」は素敵な宝。大いに認めて伸ばしてあげてほしいなって思います。これからも成長していく息子の感性、時たまチェックして記録に残しておこう!笑




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