ゴミの行方が気になり捨てることを躊躇する息子と一緒にリサイクルを考える

幼児期から、ゴミを捨てることが苦手な息子。

もちろん、ゴミ全般ってわけではないんです。使用したティッシュ、汚れてるもの、生ゴミ、そういったものは問題なし。

でも、はがしたシールの台紙、切り絵などで切り取った折り紙の欠片のほう、お菓子の箱を開ける時にに切り離した欠片、洋服の糸くず、そういったものたちを捨てるのが苦手でいつも躊躇しています。

学校で工作したり、計算カードを切り取ったり、何かとゴミが出ると思うのですが、どうしても学校のゴミ箱に捨てるのが悲しいらしく、筆箱やランドセルに詰め込んで帰ってきます。

「ゴミ」って響きが好きではないのでしょうかね。「不要物」「お役御免」そんなイメージだもん。

家でも、サイズアウトした靴や服、絵や字を描き損じた紙や、使用した折り紙(作品以前の形態のものまで)、何かの欠片、ビニールの欠片、色々なものが溢れてきます。気持ちはわかるけれど、結構困る(笑)

しかし、ゴミとして捨てられないからと言って、大切に引き出しにしまって愛でるわけでもないんです。結構、どこかに置きっぱなしで、家にあれば安心って感じ。

ゴミに出すということは、清掃車が運んで行って最終的に燃やしてしまうと認識している息子。それがとても悲しいようです。

前述の通り、何かを拭くためのティッシュなどを使用して捨てる分には、役目をしっかり果たして旅立っていくという思いがあるので納得するけれど、折り紙などの切れ端は、切り絵にしなければゴミにならなかったかもしれない、だから捨てられる運命ではなかったかもしれないものだと思い、悲しくなるんですかね。

そこで以前、息子と資源ゴミ(再資源化が可能なゴミ)について話し合いました。今住んでいる地域では、びん、缶、ペットボトル、それから古紙、古着、古布と分けて回収してくれます。

リサイクル=一度資源に戻してから新しいものに生まれ変わる。

息子には、この一言がとても大きかったみたいです。

古着に関しても、ひとまず燃やすごみ扱いにはしないということ。一括回収して分別し、リサイクル展示室で無料配布されたり、海外へ輸出されたり、様々なものに再利用されたり、(一般廃棄物となったり)、家で使われずに日の目を見ないよりも、誰かのお役に立てる道がある。

それを理解してからは、そこまで執着しないようになりました。

もちろん、今でも紙の切れ端との別れは寂しそうではあるけれど、私が小さな紙くずをポイッとゴミ箱に入れようものならば「これは違う!リサイクルのほうに出すんだよ」としっかり分別してくれます。

8歳児、口悪、態度悪、ぐうたら、いろんな面がありますが、基本、根はとても優しい。小さなゴミとのお別れを惜しんで、たまに涙を流しつつも、ペットボトルや箱紙に「次は何に生まれ変わってくるのかな?またうちにやってくるかもしれないね!」と言えるようになりました。

私が息子と同じ年代の頃、お気に入りの服などあったのだけれど、サイズアウトした服の行方や、ゴミ箱に捨てたゴミの行方などは、全く考えていなかった気がする。小4くらいの社会科見学で清掃工場へ行ったのだけれど、自分の出したゴミと直結して考えてもいなかった感じ(苦笑)

息子のこういった物事の見方を通して、私もあらためていろんなことを考えて見直してみよう。学べることはまだまだたくさんあるからね。

以上、息子と一緒にリサイクルを考える、というお話しでした。

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